2009年07月28日

掛け持ちではなく共存

後藤ひろひとのブログ「ひろぐ」で、「大竹野さん」の訃報に関する記事を読みました。
彼は会社員であり、且つ関西演劇界の脚本家であった人物で、でも新聞やネットニュースの訃報では「会社員」として報じられていたことが書いてありました。

後藤ひろひとは「彼は作家だ!」とブログで叫んでました。

会社員になって2年半になりますが、こないだ初めて社会人として芝居をやりました。
芝居としてはびっくり、いや、べっくりするほど手応えがあったけど、やっぱり迷いがありました。

今でも思い出すのが、昔、ある作家さんと役者さん言われたこと。
「会社員やりながらええ作品なんか書けるかぇ!!」(表現に脚色有)
酒の勢いで反論してたけど、その時は「できるわぇ!」はっきり言い切れず、モヤモヤの大きな原因になってます。

会社員をしていると、確かに大きなものは作れないし、時間に制約があります。
でも会社員として生活してなきゃ見えないものは、あの人たちには書けない。
芝居の世界と会社での生活を行き来するから分かることも、たくさんあるもんです。

そう思っても、やはり芝居を中心に生活している人達が「正」であり、会社勤めを中心に生活している私達が「非」である感は拭えません。

だから自分の神様である後藤ひろひとが「会社員 兼 作家」だった「大竹野さん」を「作家だ!」と声高に宣言してくれたことは、大きな救いだったりします。


こっから、ちょっと真面目くさい話になりますが、、、
先日、フリーランスになったある劇場スタッフさんとメールしていた時、アートはどうあるべきか?みたいな話をしました。
(割かし生真面目なメールしたもんです)
私は「アートと社会がもっと身近でありたい」と打ちました。
するとその人は、

「社会にアートを、じゃなくて、アートに社会を。」

と返事をくれました。

学生の頃から、「演劇と社会」には距離を感じてました。
私が会社員の道を選んだ理由もそれです。

学生時代に演劇をやってて「私このままじゃダメになるなー」と思いまして。
自分みたいな不真面目な人間だと、演劇の世界では「社会性」が身につかない。
社会と対等に話をするための感覚、金銭感覚やビジネススキル、他諸々。
要は、どのように社会が回っているかを知っているかどうか。
それが演劇をやってて、あまり学べませんでした。
そして、そこがどうも面白くなかった。

社会と演劇は切り離された2つのものではなく、演劇は社会の中にある。
演劇を観せなきゃいけないのは、演劇をやってる人じゃなく、社会にいる大多数です。
演劇人が社会に背を向けていたら、きっと、演劇は独りよがりなまま低迷し続ける。

何が足らないのか、何をすればいいのか、いち会社員の立場から、今もポクポク考え中です。
posted by 金子リチャード at 01:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
え〜っと、後藤ひろひとて!『さん』はなしですか?気になってしまったのでつい…。
Posted by むむむ at 2009年07月29日 05:48
むむむさん>
お!無意識に敬称略してました!
直接面識や繋がりがあるわけではないので、敬称つける方が馴れ馴れしくて気持ち悪いなぁと思っての敬称略です。
いつか知り合いになった時はちゃんと「さん」付けます(^^)
Posted by 金子リチャード at 2009年07月29日 23:42
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